2009년 6월 25일 목요일

일본어번역가자격증시험 준비 沖縄戦の記憶―「声の礎」を刻み続けたい 09.06.25

일본어번역가자격증시험 준비 沖縄戦の記憶―「声の礎」を刻み続けたい 09.06.25

 太平洋戦争末期、沖縄で繰り広げられた地上戦は、「鉄の暴風」と形容されるほどの凄惨(せいさん)を極めた。

 その体験から、戦争の愚かさ、命の大切さを学ぼうと沖縄を訪れた修学旅行生は、07年の統計で43万人を超す。なかでも東京都世田谷区の和光小は、22年前から毎年訪れている草分けだ。

 「壕(ごう)の中は血や尿のにおいが充満し……」。ガマと呼ばれる洞穴の体験を語る元ひめゆり学徒隊の宮良ルリさん(82)の話に、昨年訪れた児童は「耳をふさぎたくなりました」と記した。

 米軍が最初に上陸した慶良間諸島では、宮里哲夫さん(74)の目撃談を聞いた。小学校の校長先生が妻の首をカミソリで切り、自らも命を絶った。「集団自決」である。

 児童らは「戦争は人が人でなくなるという意味がわかりました」などと、大変な衝撃を受ける。それは毎年の卒業生の心に、おそらくその後の人生にも消えない深い印象を刻む。そう行田稔彦校長(61)は話す。

 だが、戦争体験者の話をじかに聞ける歳月はもう残り少ない。戦争の記憶がある年齢を5歳とし、平均寿命を考えると18年には証言者がいなくなると心配する声もある。確実にやってくるその日をにらみ、記憶をひき継ぐいくつもの試みが始まっている。

 沖縄で修学旅行をガイドする「沖縄平和ネットワーク」は、かつての戦場を背景に、体験者の証言を映像と音声で残す取り組みを進める。

 20周年を迎えた「ひめゆり平和祈念資料館」も証言員が開館時の28人から17人に減った。元学徒の一人ひとりが戦場跡で、戦後世代の説明員らに証言するところを映像に記録している。

 動画と音による記録には、言葉と言葉の間の沈黙など、活字では伝えきれない雰囲気や感情が刻まれる。

 戦争体験を肉声でビデオに記録する試みは県平和祈念資料館が一足早く着手した。提唱したのはジャーナリストの森口豁(かつ)さん(71)だ。戦死者名が刻まれた「平和の礎(いしじ)」になぞらえて「声の礎」運動という。これまでに580人分の証言映像を公開している。さらに広げてほしい取り組みだ。

 一昨日の「慰霊の日」をはさんで今週、沖縄は64年前のあのすさまじい日々と失った肉親たちを改めて思う。

 県民の4人に1人が犠牲になった末に沖縄は占領され、いまも米軍基地が広がる。基地の縮小は遅々として進まない。各地で遺骨収集が続くが、4千人余りの遺骨が未発見のままだ。地中には不発弾も多数残り、処理を終えるまで70年はかかるとされる。

 戦争とは何か。今も世界各地にある戦争や紛争とどう向き合うべきなのか。沖縄戦の記憶を共有し、それを学ぶことは、国のゆくえを見定めるうえでも欠かせない。


일본어번역가자격증시험 준비 沖縄戦の記憶―「声の礎」を刻み続けたい 09.06.25